j-ume blog

建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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自伝的 - 内面

ズントーの前は芥川の晩年の作品を読んでいた。

自伝的である。

芥川本人も指摘していたが、自伝的文章にひそむ自己の表現は、どこかに脚色がある。人間のちょっとした奢りのためか、あまりに人の目を意識するためか。芥川もその例外ではないだろう。

それでも、必死に自分と向き合って書かれた文章には相当のsoulがこもっており、彼の心情が読み手の心までもえぐるようであった。

しかし、ある意味では、自分に向き合おうとしている彼の文章から、急にかれの生涯にわたる作品の凄みと、彼自身に対する、親近感に近い物を感じる。

正直な文書なのである。


ズントーもその正直さが心に留まる。

フランスのスターアーキテクト、なまえは記されてはいないが、彼の設計したホテルに泊まった。メディアでもてはやされていたが為に無視していた彼のデザインであったが、ホテルに滞在して空間を経験して、彼のもてはやされる意味を知る。

建築写真から、いくつもの要素が重合された様な建築に漂う不協和音を感じた。設計者を聞いて、建築も理論も哲学も世界的に認められている建築家であることを聞いてショックを受ける。

自分の記憶の中にあるとあるホテルの空間。そのすばらしさを淡々と描写している。文章の最後、そのホテルに再度訪れ、実際にはそれはど良い空間ではない。自分の記憶がいかに美化されていたかを自認する。


建築的な、余りに建築的な・・・


建築家の文章が好きになれないと書いたのは、難しい言葉や表現で、自分の考えを無駄に飾り立てているように感じるからである。ポストモダン建築のように、無駄に飾り立てているのである。
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  1. 2006/09/01(金) 06:29:28|
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