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j-ume blog

建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

Peter Zumthorと白井晟一が呼んでいる - 職人気質vs.

建築ニュースより諸々。

邑楽町での建築騒動。数年前に行われた町庁舎新築コンペで、山本理顕が勝ち取り、住民とのワークショップで案を煮詰め、実施設計を終え、施工管理まで調整していた最中に、町長が選挙で交代。高額なコンペによる新築は水に流されて、本人に伝えられることなく、他の業者が新築してしまったというもの。山本氏本人、コンペに参加した著名建築家達、ワークショップに参加してきた住民らが町を訴えました。ニュースは法廷での山本氏と伊東豊雄が証人台に立った旨が記されていました。

もしも新町長が選挙公約に庁舎の件をあげていたなら、「民意」と捉えられ、コンペ案取り消しの事が正しく山本氏との間で行われれば何ら問題はなかったのかもしれませんが、そこまでの背景は知りません

当コンペは、山本氏の建築案も斬新でさることながら、住民を交えたプロセスが建築界でも注目されていたような気がします。町長交代後の町の対応はあまりにひどすぎます。それを考えると逆に、前町長のとってきた新庁舎への思いは、とても高いレベルであったのだろうと想像させます。

結果として建った新庁舎は町から指名された6社の入札だったようですが、このうち2社は辞退しています。むしろ、2社しか辞退しなかったのかと、悲観すべき所です。新庁舎の設計に携わった会社がは、結局は自社の経営のために参加したとの事。結局はお金で動く世界、あるいはもっと醜く、政治の黒い闇の中で物事が決まっている事が推察されます。そしてすでに非常に残念な庁舎が建っています。

それに比べて前町長のしてきたコンペの透明で明るかった事。もちろん、ほとんどの市町村が赤字経営なので、無駄な出費は控えたいのかも知れませんが、庁舎のような住民が常に必要とする建物は目先の利益で建てられるべきではない。長い目が必要なはず。言に山本氏の建築案は長い目で非常に柔軟な建築でもあった。


長崎の親和銀行本店は、白井晟一によるものです。建設当時、余りの建築費の高さに、お得意さんが怒って白井晟一に怒鳴りつけに行くと、当の建築家は建設現場で職人に混じり、埃だらけになりながら石を削りだしていたという。その銀行のために立派な建築を作り出そうとしているその姿に心打たれたお得意さんの怒りはすっかり消えたとか。職人気質。

山本理研は職人気質とはちょっと違うような気がしますが、邑楽町の住民と何十回もワークショップをすして案を固めて行くのは計り知れない努力があるはずです。それも職人気質と呼ぶのなら、その的は政治か、あるいは商業主義か。また、職人気質で対応した事を知っているはずの町のとった態度はやはり醜すぎます。


白井晟一の建築ですが、九州や東北に固まっていてなかなか見に行けません。東京の3つの建築を見ただけですが、震え上がらせる建築です。そんな氏の建築も、当時の崇高な思いは忘れ去られたのか、壊されたものも。とにかく早く見ておかないと、と思うばかり。次回帰国の際は足を伸ばしてみようかと真剣に検討。


ぼくが専攻してきた都市計画という立場は、むしろ客観的に遠くから眺める事が必要なような気がするのだが、それでも、地肌に触れるような建築とか空間への理解は忘れてはいけません。

いや、単純に、僕個人が、理論武装した建築よりも、職人的建築が好きなのかも知れません。いや、理論と職人は同じ土俵で闘わせるものではなくて平行して存在しうるからそうとも言えないか。とにかく、それより職人気質の「空間」にグッと引き寄せられるらしい。もちろん白い華奢な建築も、どこかマニュファクチュアルな建築も好きです。

とにかく建築文化が高い次元でいるには、職人的態度だろうが、使い手との綿密な対話だろうが、そのプロセスが影に潜んでいる事を忘れてはいけないんだろうし、これから作ろうとする人々はその理解を示して欲しい。そうでなければ、邑楽町のように、解体される素晴らしい建築のように、お金儲けの商業建築が席巻して、大袈裟に言えば建築の危機を迎えます。

都市計画という立場にいることは、そういう事を理解することも重要なはずなんだと思うのです。


さて、最後に、ピーター・ズントーも白井晟一のような職人気質な人物のような気がするのですが、氏によるスイスValsのテルメ。新しくリノベーションされたお部屋が公開されたようです。その昔、ポンペイで使われていたという赤や黄色、青や緑、黒のカラフルなスタッコ(漆喰)の壁面が特徴。ポンペイ・レッドと言う言葉にちょっとした思い入れがあったので、すぐに反応。できるならば赤のスタッコのお部屋に泊まりたい。


勝手に、白井晟一とピーター・ズントーが手をこまねいて呼んでいる、気がしているのです。
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  1. 2008/09/26(金) 23:19:43|
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