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j-ume blog

建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

Project Japan by Rem’s Viewpoint – ナショナルプランと共に

残業をさぼって本稿に着手して四日有余。超長文の固い備忘録ですので、暇人と奇特な方はお読み下さい。最初はこんなに書くつもりなかったんだけど。

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レム・コールハースがProject Japanなる本を出版したという。

レム・コールハースの講演を一度だけ拝聴したことがある。

ブログのバックナンバーを確認すると、2005年の11月19日だそうだ。月日は飛ぶように過ぎ、あれからなんと六年。

あの時、講演後の小さなパーティーにて、当時から十分バカだった僕たちの座るテーブルの上に、レムは自分の飲み干したビアマグを置いた。そのビアマグ、友人の本棚にそれからしばらく鎮座することになる。レムは自分の講演のための簡単なメモを、講演のあとくちゃくちゃに丸めてゴミ箱へ捨てた。酔っ払っている最中だったのか覚えていないが、別の友人がそのくちゃくちゃを拾って持って帰った。ビアマグと紙くず、どっちがバカで、どっちが賢いだろう。どっちでもいい、そんなものを持ち帰った二人はどっちも今でも僕の友人である。

脱線。

レムの講演、大きな期待の下に行ったわけだが、彼の講演、いい意味で大きな裏切りであった。ブログのバックナンバー、あまりレムの講演の感想は書いていない。しかし、多少の驚きが伝わる。投稿のタイトルもいい。great ideas are never out of fashion。

http://jume.blog18.fc2.com/blog-entry-89.html

ブログを初めて89投稿目のようだ。ちなみに本稿は980投稿目になるようだ。1000がせまっている。継続は何とかだな。

脱線。

ちょうど六年も前の講演はアムステルダムであり、その晩は僕にとっては忘れられない、アムス初夜であった。

脱線。

中国の開発を巡るシンポジウムなんとか、そんなだった。当時、彼らは北京のCCTV本社屋を手がけていたOMAが中国の開発を巡るシンポジウムに呼ばれたのはそのためではないかと思われる。あの当時は本当に中国ラッシュであった。まだドバイに異様な注目が集まる前のことである。建築プロジェクトとその背景にある大きな都市をめぐる潮流なんかがテーマだったのだろう。しかし、2009年2月、春節を迎えた北京にてCCTVが燃え落ちたことが象徴するかのように、いまの中国にはやや不安感が見え隠れする。講演当時はそんな気配はほぼなかった。もちろん不安視する目はあったと思われるが。

レムは、すでに発展した国としてなのか、日本を語りだした。丹下健三が出てきたのは頷けるとして、驚いたのは、下河辺淳を語り始めたことであった。対極にいたかのような二人をレムがどのように語ったのか、その詳細は覚えていない。ということで、勝手に憶測をめぐらせて見る。

丹下はやはり建築的な思想であった。一方の下河辺は官僚的国土的な視点であった。丹下が東京湾にでっかな構築物を夢見てドローイングを仕上げたとき、下河辺は国土にインフラをめぐらせて格差是正なんかを夢見ていた。丹下は集中的にプロジェクトを思考したと思われる。必要なものをぐっと引き上げようとした。下河辺はバランスを見ていた。底上げだった。下河辺の発展の計画は、地方ごとの個性を失わせる結果になったのだと思うが、大いに日本を引き上げたことに変わりない。丹下が世界の注目をひきつけていること、縁の下でせっせと働いていたかのような印象を受ける。両者とも必要で、いまだに強く影響を持っている二人の思想はもうちょっと深く突っ込んでみたい。

レムはなぜこの二人を中国発展のシンポジウムで取り上げたのだろう。中国は虫食い的に建築家がデザインしたがり、投資家が投資したがり、とにかく膨らんでいた。根底の思想は見つからなかないままに。レムの講演は日本の今がどのようにして出来たのか、それが大いなる思想の下にあったこと。そして、中国がそれをなしえるのかという、強い問いかけだったと思う。

レム、その数年後のベネチア建築ビエンナーレでは徐々に注目を浴びつつあった、中東にすっかりシフトしていた。中国はさらりと流していたかのようにも感じられた。

ちなみに、その都市のベネチア建築ビエンナーレのメイン会場は都市を扱っていた。日本館では藤森照信の素晴らしい展示であったが、都市というテーマとはかけ離れていた。

やや脱線。

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そんなレムの出版した本、Project Japan。

http://www.amazon.co.jp/Project-Metabolism-Talks%E2%80%A6-Hans-Ulrich-Obrist/dp/3836525089

森美術館でのメタボリズム展に合わせて来日もして講演もしたらしい。建築界からはなれて異国にて、やはり情報が漏れてしまうようで、今頃知る。

しかし、気になる本である。メタボリズムに限らず書かれているのは簡単に想像がつく。あの六年前、下河辺と丹下を語ったときから構想は温められていたのかもしれない。やはり保守的であるとしか見えない日本に強烈なメッセージがこめられているんだろうかと思うと、とても気になる。

疑問:なぜ今、日本に関する本を出したのか?

中国や急速に発展する国々でおいしいプロジェクトを頂きながらも、その背景にあるべき必要なものを探るなかで、すでにそれを独自の手法で成し遂げた日本を語る必然性を感じたのだろうか。日本はどこかでベースラインであり、今後の発展する国にとって、良くも悪くもお手本であるはずだ。その発展目覚しいアジア中東をターゲットに欧米の視点で日本を語るなど、恐ろしいバランス感覚でないと成し遂げられない。しかし、そのバランス感覚が求められていることのような気がする。

とすれば、これは限りなく読むべき本である。発展する国々をサポートする立場となった今。・・・かつて読んだレムのDelirious New Yorkはまったく意図が分からなかったけれど・・・。

興味:彼の視点からこれまでの日本はどのように読み取られているのか

まあ、まさに本の主題が気になるだけのことである。これだけ期待しておいて、日本の近代化の主要プロジェクトだけを並べているだけ、ってことは、まさかないだろう。

期待:閉塞感漂う中、どのような未来をみているのか?

日本のために書いた本ではないだろう。ただし、日本を主題にした以上、日本へ跳ね返る教訓めいた何かがあるに違いない。僕は、どこかで日本の物足りなさを感じている。空間的には最高で、きれいにまとまって、細部も美しい、本当に美しい建築は数多。その反面、そこに漂う、薄っぺらな何か。大胆に見える都市開発もある。しかし、どこか石橋を叩いて安全に渡っている都市開発。閉塞感は経済的に不況だとか、そんなこと以上の話で、卵の殻に閉じこもるか、からが割れないように必要以上にクッション材でくるんでいるかのような日本。レムの本、そんなところに鋭く切り込んでいて欲しい。

期待過剰。

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このような興味を久々に強く持ったわけだが、それは、上記した日本への切り込みに対する大いなる興味はもちろんのこと、スリランカで立っている今の状況によるところが大きい。

今のプロジェクトは、スリランカの中で、重要であることにかわりはないが、限定された、そんなに広くない地域の計画であり、成果物も大きな骨格を作るわけではない。ただし、もちろん、すでにある大きな国土計画を参考にしているし、コロンボ都市圏の計画も参考にしている。そのどの計画にも関わっている、現地のプランナーと一緒に働いていたりする。彼は大きい体ながら、大きな椅子にふんぞり返るタイプではなく、大きな手で、小さなパソコンのキーボードに向かっている、プロダクティブなプランナーだ。

スリランカは内戦が終わったばかりで、対立しあった民族も二つが共存しているので、偏っている。国土計画はきれいな均衡な開発っぽく見えるが、実際は、内戦で勝った一つの民族の優位性が見て取れるし、大統領の独裁的な方向性も感じられる。この国で計画なんてカタチだけで、結局は強いものが強い言葉で引っ張っている。日本の野暮な政治家と比べ、スリランカの大統領は強大なカリスマ性と牽引力を併せ持つ。良かれ悪しかれ。

日本だって、国土計画をせっせと進めていたころに、地方行政がどこまで地方の計画をそこに摺り寄せていたか、そもそもその当時に地方の計画はどれだけ機能していたか、それは甚だ怪しい。しかしながら、国の主導権は強く、丹下にしろ大河内にしろ、首相や政治陣営を支えつつ、大きな力でぐいぐい日本を推し進めるさきっぽに立っていた。無論、原動力は国民であっただろうが。たぶん、そういう時代だったのだ。そしてそこには明確な軸と軸を作り出す人々、軸に向かって進んでいく人々がいたはずだ。

ここ、スリランカは軸はぶれぶれで、目の前の利益に飛びつき、目の前の問題を解決している、対処療法的なものに見える。同じ軸に進むような連帯感はなく、方向バラバラに行きたいところは別々にみんなが勝手に動いている。内戦が終わり俄かに盛り上がったところで、甘い汁を吸おうとしている。不安は大きいが、勝手にガイジンが不安に思っているだけで、当の本人は優雅でのんびりしているものだ。

今のプロジェクト、少なくとも、小さなエリアの計画であり、それが国土に跳ね返る部分は小さい。しかし、国の計画に従うべく小さなエリアの計画を創っている。それは日本ではなかなか出来てこなかったことだろう。間違ったことをしている気はしない。さらに、国土計画にも携わり、おそらくいちばん手を動かしただろうプランナーが仲間にいる。小さなエリアは国の中で、コロンボの隣で、大きな役割を果たしてくれるだろうという期待は、少なくとも我々チーム内にはあるのであって、今はそれで十分すぎるほど十分だと思う。

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今の仕事にいる以上は、同じような環境での開発計画に携わるであろう。そのときに前述した、日本の発展の歴史を冷静に読み解くことは重要だし、レムがどのような視点で見ているのかは、重ねて興味深い。日本のような立場も十分に考えなくてはいけない。

日本が閉塞している?

そんなことを描いたが、日本人は日本を過小評価している部分が大いにあると思う。とくに外国に暮らしてそう感じた。そんなネガティブなことをいっている場合ではないであろう。

レムの講演のあと、友人は、日本はアジアにもう少し責任負うべきだと言った。スリランカはそういう意味ではイギリスが責任を持つべきでもあろう。いわゆるヨーロッパ列強が侵略した国にどれだけ責任を取ってきたか、それに比べ、地味ながら、ハコモノと批判されながら、日本はアジアに十分責任を果たしていると思う。

日本が閉塞とか、そんなこといっている場合ではないだろう。ブータン国王が国会で力強く断言してくれたみたいに、そんな批判的にネガティブになることもないだろう。ただ、自分で自分を評価しきれない日本。そんな日本の自信のなさは、最大の日本の欠点に思える。必死であり、それに成功したかつての日本を振り返る意味は大きい。

雨に霞む金閣寺前で赤の和傘の下の民族衣装のブータン国宝夫妻は、驚くほど自然に絵になっていた。それは日本とブータンがお互いを尊重しあっていた証だと思う。国際的なバランス感覚というのは、異国の建築の前の写真撮影になじむことだ。

世界を飛びまわれるチャンスを得た僕は、あのブータンの二人のようなバランス感覚が重用だと思っている。

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最後に、本稿を書こうと思わせたのは、かつて住んで働いた小さな街で建築を志していた建築女子のつぶやきに10+1のリンクが張ってあったことである。今年の三月号、メタボリズム特集にでていた、下河辺氏。彼の名前を聞くや否や、上記、いまスリランカでかかわる状況や、レムの講演がフラッシュバックした。国土計画というと大げさだが、国が進むべき道のほんの一端の一端の一端・・・をになっているだけではあるが、突っ込まなくてはいけないテーマに思えたので、思考の整理をかねて、長文、駄文を書くことにした。

スリランカで孤独感を感じることがある。それは、同じような背景を持っている同年代の人間がいないことだ。そんな中で、SNSがただのお遊びではなく、刺激に満ち満ちた言葉や写真が飛んでくる場だとあらためて知る。世界各地に散らばって、刺激を飛ばし続ける友人、先生、先輩、後輩、彼らとは、見えないながら本当にお世話になっているんだと思った。

自分もそうなれますよう、と心に留めて。
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  1. 2011/11/25(金) 02:03:38|
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