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建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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時間 – 破壊あるいは激変、移ろいあるいは順応

四月の日本の帰国が中止となりました。大変残念。今回の帰国でも変わり行く東京の街を見るのを楽しみにしていたのですが。特に、渋谷の変化。
変化にはいろいろな類義語がある。時間の中でいろいろな現象とともに変わるもの。変化させている者もいれば、変化を受け止めるだけの者もいるし、大きな自然の変化に身を任せる者もいる。変化を自分なりに吸収して波に乗る者もいれば、変化を受け入れられない者もいる。


変化1:自然と回復と。震災後の海岸線

一年ほど前のこと、FBにアップされたとある東北の海岸の写真は衝撃的だった。震災前の直線的な海岸。震災直後のぎざぎざに刻まれた痛々しい海岸。一年たって曲線的に柔らかになった海岸。一年の歳月はぎざぎざの海岸を波の浸食と堆積によって柔らかに変化しており、さらに直線だった頃以上に豊かな生態系が定着していた。海岸沿いに会った集落は壊滅し、その集落の住民はそこに住むことをやめるとのことであった。この海岸は津波を防ぐための防潮堤が計画されていた。海岸は人の手によって直線に戻るように計画されていたのだ。結果的にその中で震災が生んだ自然の海岸は貴重なはずだ。とある専門家は人がすまないことから、直線的に戻される必要性がなく、これを自然応援として残すことを再提案していた。

さらに一年後、そんな海岸がどうなったか気になって調べてみた。やはり結局はもともとの提案どおり、直線に防潮堤が築かれるとのことだ。

と、落胆しながら、詳細を調べると、できるだけ防潮堤は陸側に築かれるように提案されていた。場所により、わずか10mであったりするのだが、それは貴重な10mだ。


ちなみに、日本の海岸はそのかなりの部分が人工的なものである。


変化2-1:変化を重ねてきた街の更なる変化への歓迎。渋谷。

東横線が地下にもぐる前日の地上ホームの写真を見ていて、みんなが懐かしんで写真を取りに集まっているニュースを見て、感じたのは、風景がなくなる事への寂しさではなかった。それは変化への期待だった。もちろん集まった人はある定点の渋谷の記憶を写真に収めてはいるのだが。

渋谷という街の特殊性を感じた。常に変化してきた街にとっても大きな変化が訪れる。そんな刺激に慣れきっているかのような渋谷を行きかう人々。

この街では、そんな変化がようやく順応した頃、また違う変化が訪れる。この街にはもはや、この街でしかありえない空間的特性なんてないのかもしれない。変化している状態が渋谷なのかもしれない。


変化2-2:変化を重ねてきた街の更なる変化への反発。下北沢。

東横線に続いて、小田急も地下化する。下北沢の地下ホームがもう少しでオープンする。渋谷と違って、この地下化に伴う地上の再開発には反対する者も多い。下北沢も小さな変化が折り重なって小さな単位が集積した街である。渋谷との違いはなんなんだろうか。なぜポジティブな感情が生まれにくいのか。

渋谷との違いは生活があるかないかの差なのか。確かに下北沢は多くの住民も住む居住地でもある。渋谷にももちろん居住地があるが、それ以上に大規模な商業的な活動がしめているからだろうか。生活は変化をきらう。僕も自分の育った土地の風景が変わることには抵抗がある。

しかし、再開発に反対する者は、下北沢に育った文化を担っている者たちのようだ。そんな彼らの居場所も街の変化の中で発生してきた場所なのではないのか?計画によってではなく、小さな変化の集積に対して、大きな変化がやってくることがそんなに不安なんだろうか。大きな開発がされ、大きな道が通っただけで、下北沢がはぐくんだ、奥、裏、の存在はなくなってしまうのか。

たぶん、渋谷と違って、この街にはこの街にしかない、空間的な、生活的な個性がある。小さな個の集積がうんでいる独特の街が、再開発と規制緩和によって、どこにでもあるありがちな街に成り下がっていくことへの不安だ。

それでも、こういう街の小さな変化の集積は生き物のようになくならないと思うし、新しい刺激もそれに寄与できないものか。小さな集積はゆっくりと移動してまた新しい魅力的な街を作るんじゃないだろうか。下北沢の文化を担っている者たちこそポジティブな発想の転換をする主体なんじゃないんだろうか。

変化という視点に立てば、再開発されようが下北沢は、きっとその変化を受け入れて、前よりも面白いことになっている、そう僕は願っている。

常にもぞもぞと変化し続ける東京だから、外来者の集合体の東京だから、こんなことを考えているのかもしれない。


変化3:意志の届かない変化への迎合。

スリランカに新しい二つ目の国際空港がオープンした。南部、大統領の出身地ハンバントタは、新しい港が出来て、100万人都市を作ろうと政府がもくろむ、現在5万人の地方都市だ。もう政治的意図だけで作られた空港とほんとかどうか分からない未来の大都市。国の骨格になるような大きな変化には、どこにも期待とか刺激とかが感じられない、不思議な状態になっている。

こんな大きな変化でなくとも、コロンボの変化も大きい。この三年半で、街の信号が増え、ごみが減り、巨大アパート建設が進んでいる。ただし、人々の生活が向上したかというとこれがそうでもない。

庶民にとってはハンバントタの空港と同じように、自分の隣に立つ巨大アパートも自分とはまったく関係ないことのように感じているのだと思う。

この国には本当に人々が必要な変化は訪れていない。わくわくするような変化は訪れていない。

***

変化は怖いでしょうか?変化は刺激的でしょうか?変化すべきではないものはあるのでしょうか?変化は必要でしょうか。

これだから都市計画は、地域計画は、悩ましくも面白い。


***

さて、閉塞間が出てきた自分自身のスリランカ生活、どうやって変化させられるか。
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  1. 2013/03/21(木) 04:45:05|
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