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建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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気になる都市文化 - Kathmandu

バンコクを発ったカトマンズ行きのTG便、B777-200は半分強埋まっている感じか。ヤンゴン上空を飛ぶので気になって眼下を見るも曇り。しばらくしてインド辺りの平野、蛇のようにうねる川とまばらな集落が一気に山になる。このあたりはもうネパールだ。
しばらく進むとネパールの寒村あたり、段々畑、小さな集落が見えてくる。山の尾根沿いに集落がある風景は不思議だった。水汲みの苦労が伺えるが、なぜあんなところに集落が成立するのか。今までの知識を総動員しても謎は解けない。山肌は道路の筋が見えている。地震の影響か、もともとそうなのか、ところどころ山肌は肌茶色に崩れている。航路の真下、地震の爪痕はほとんど分からない。ところどころ、テントらしきもが見えるだけであった。飛行機は一気に高度を下げ、険しい山との距離は縮まる。北方に見えるはずのさらに高い山並みはかすんでいてうかがい知れない。気が付くと、五階建ての建物が密集し始め、滑走路に降り立った。コロンボなんかよりもずっとお粗末な空港の滑走路だった。

冷房もない、天井の扇風機が回る空港内、オンアライバルVISAに並ぶとの前情報だったので、速足で入管へと急ぐ。おかげで難なく入国。長い間荷物が出てくるのを待ち、到着ホールに着く。ようやくドライバーを発見するも、自称ポーターがあたかもドライバーの仲間のような感じで、荷物を運ぼうとする。必死に振り切り、車に乗り込んだ。

埃っぽい街並み、空港近くのゴルフ場は仮設テント村になっていた。ところどころ、簡素な煉瓦、あるいは日干し煉瓦だけの古い建物は崩れているものの、町並みを構成する五階建ての鉄筋コンクリートフレームに煉瓦壁の建物はほぼ無害。人々の生活も日常と変わらないようにうかがえる。たった20分あまりのホテルまでの道のり、コロンボとは比べ物にならない、都市的な生活が伺える。

事前に読んだ、故宮脇檀の編纂による、Wondering Kathmanduという本がある。これは建築関係者が一般向けに書いたKathmanduの伝統的都市建築に関する本だ。そこではまるでイタリアと見紛うようなカトマンズ盆地の伝統的な都市が描かれている。このような伝統的な建築群は地震で被害が大きかったと聞く。やはり組積は弱いのだ。そして、この本の中では、カトマンズが発達させた都市文化がうかがい知れる。

残念ながら、そんな都市にはまだ触れていない。被災地である事、緊急事態に付きチーム行動を崩していない事から、まだ自分の好きなように街に出ていない。しかし、すでに自分の中の建築都市の血が煮えたぎっている。早く街を見たい。本に書かれていたような都市的な要素はどうやって散らばっているんだろう、そして、どの程度被害を被っているのだろう。

それでもホテル近くの街を見て、夕食に徒歩で少し出かけると、やはり活気ある都市生活が見えてくる。比べる対象はどうしてもコロンボになるわけだが、街を歩く男女の雰囲気が異なっている。

食文化も何を食べてもカレーに落ち着くコロンボとは異なり、バリエーションがある。コロンボでは、ローカル食堂200円、ちゃんとしたレストラン2000円、の二択みたいな感じだったのが、バリエーションがある。ずっと生活は楽しめそうなのだ。ただ、コロンボでの生活の違いは、一人で生活を切り開いたコロンボとは違い、日本人チームで現地入りし、同じホテル件オフィス滞在で、かつ被災地である事を考慮して、一人のわがまま歩きができないことだ。

そんな都市文化を傍らで気にしつつ、自分の役割を全うしつつ、はやくネパール文化に馴染みたいとの欲を程よくコントロールする生活が続きそうである。

現地視察に出れるようになればまた報告します。
  1. 2015/06/10(水) 01:31:39|
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