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建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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閑散のKathmandu -

ネパールは不思議な国である。国旗もヒンドゥーの神々に使われたらしい三角を二つ重ねたものだし、独自のカレンダーがある。ちなみに今日は、ビクラム暦2072年の3番目の月の1日だ。インドの北部の平野から一気に山岳地帯となり、東西に細長い国家には多くの民族がすんでいる。ぱっと見、インド系、チベット系、山岳系の三つは容易に区別がつく。王政を維持していたころは、世界で唯一、ヒンドゥーを国教と定めていた国だ。現在は一応民主化している。ヒンドゥーと言っても、仏教と、アニミズムが融合した独特の世界観を持っているらしい。人々はとても穏やかで優しい印象を受ける。カトマンズ盆地は、かつての王朝により、都市文化が形成された。重ねて言うが、この都市文化が大変独特で、素晴らしいのだ。

ここでは、金曜午後と土曜が休みである。土曜日、カトマンズの中心部へと出かけてみた。都市を歩き回るのも、都市計画に携わる者の使命だ、と同時に、好奇心が抑えきれなかったのだ。

まずは、まちの中心、Durbar Squareへ。ダルバール広場、あえて訳せば、宮廷広場となる。かつての王宮があった広場だ。広場はまとまったオープンスペースをなしているわけではなく、王宮のまわりに寺院やらヒンドゥーの神の像やらが点在して、分節されつつも個性的な空間を演出する。基本的には伝統建築に囲まれるが、カトマンドゥのダルバール広場に限っては、一部西洋様式の建築があり、やや空間を台無しにしている。このあたり、ネパールの歴史は複雑なので割愛。

地震はこの歴史地区を直撃している。

1_DBSQ.jpg

ピラミッド状の基壇の上には、本来三重の塔のような寺院が建っていた。ヒンドゥー最強の破壊神シヴァの象徴である男根像(といってもずいぶんデフォルメされているらしいです)を安置していたとのことだ。

きれいに残る建築も多い。特に圧倒的な木彫りの窓。これは地震に弱い煉瓦造のせめてもの骨組みのように作用したと考えられる。が、煉瓦は煉瓦、地震に弱いのは否めないのだ。

2_DBSQ.jpg

また、広場内にはクマリの館というのがある。ここも木彫りが大変美しい建築で、倒壊は免れた。クマリとは、生きた女神、「密教女神ヴァジラ・デーヴィー、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーが宿り、ネパール王国の守護神である女神タレジュやアルナプルナの生まれ変わりとされており・・・」だそうだが、満月生まれの仏教徒の少女が選ばれる。大体3歳くらいで選ばれ、初潮を迎えると交代するそうだ。2008年に王政が廃止されたネパール、今後はどうなるか分からないとのこと。やはり不思議の国である。

さて、広場内、壊滅した寺院跡は、テントの病院となっていた。そもそも、この場所に立っていた寺院は、巡礼宿として使われていたらしい二階建ての建物。この寺院を見ることはできないが、ネパールには、広場に巡礼宿がある場合、多くが一階は公共空間として、柱だけ、二階に寝られるスペースがあるとのこと。想像するに、寺院に姿を変えても、ここは公共の空間がったはずだ。なるほど、病院になるわけだ。やはり、伝統を残しつつ、安全な街にするにはこんな公共空間が必要なんだと感じる。

3_DBSQ.jpg

さて、北に歩く。賑やかな通りを歩いていくわけだが、ネット情報では、このあたり、混雑が激しく、ネパールの喧噪に包まれるはずのエリア。今はすっかり人が少ないらしい。

道が交差するところは、Chowkと呼ばれる。特に、五叉、六叉となる部分は賑やかなChowkとなる。ここも広場と言っていい空間だ。人が少ない分、広場感が出ている。車も、バイクも、人も少ない。

4_CK.jpg

さらに別のChowk。ちょっとした祠があったりする。
後ろの方、三階建てくらいの建物が、昔からある建物のスケールらしい。人口が集中して、建物は上へ上へと延びていった。その背後、7階建てが、大体今のカトマンドゥにある建物だ。うまい事RCで作られた場合は大して被害がないが、手抜き工事と継ぎ足しで上に伸びた建物は地震の被害を受けた。

5_CK.jpg

郊外に行くと、7階ではなく5階建てくらいになる。たぶん、彼らの重要式にも合致したのだと思う。街を見渡すと、100万の人口を擁するとは思えないほど、高層の建物はない。地震を恐れたためか、貧しいためか。密度高く5~7階の建てものが、カトマンドゥの風景を作っている。これも継承すべきなんだろう。

解消すべきは、密度が高く、迷宮のように入り組んだ細い道だ。ベネチアみたいに、家の下をトンネルのようにくぐって小さな広場に出て、さらに細い道を見つける、という風な構造になっているのだ。そして、ここで見つかる広場、これもいままでの広場とは異なり、その周りの住人たちの広場、という事になっているらしい。重層的な複雑な都市が成り立っている。

そのあと、観光客の街、タメルへ。本来ならばにぎやかなエリアも本当に寂しい。お土産屋さん、ヒマラヤトレッキングの山登りグッズやさんが並び、カフェやゲストハウスが集まっているエリア。都市的特徴は、あまり感じられないエリアではありました。

街歩きの最後、ちょっと車で移動して、Dwarika's Hotelでお茶。ここ、リゾートホテルの雰囲気漂うが、もともと、ドゥワリカさんが伝統建築の窓枠が無残にすたれていくのに心を痛めて、改修、修復して、ホテルに再利用している。ホテル自体はRCで煉瓦でお化粧している様だが、収集され、きれいに修復された窓枠の精緻な彫刻が美しく、また、ホテルの対応も非常に素晴らしい。

6_DW.jpg

写真がしょぼくて済みません。
  1. 2015/06/17(水) 02:49:47|
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