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建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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象牙海岸、黄金海岸、奴隷海岸 - ガーナ

西アフリカの海岸は、その地からヨーロッパが貿易した品に合わせ、象牙海岸(=Ivory Coast、コートジボワール)、黄金海岸、奴隷海岸などと呼ばれた。ガーナあたりの海岸は、黄金から奴隷へと貿易の品を変えてきた。ガーナの沿岸には、ポルトガル、オランダ、イギリス海洋時代の城塞が多く残る。世界遺産にもなっている。これらは、貿易、特に奴隷貿易の中心地であった。

ガーナの首都、アクラから、地方都市のセコンディ・タコラディへは陸路で移動した。途中、Cape Coastという街を過ぎ、Eliminaという町による。どちらも奴隷貿易の中心地だった場所だ。唯一の観光だ。15世紀のポルトガルによる城が残る。後にオランダ、イギリスが奴隷貿易に使った城である。一階に奴隷部屋、二階に城で働く人、三階に一番偉い提督が住んだ。奴隷は、ヨーロッパで使い古した武器を港近くの黒人部族に渡して、彼らが他の部族を捕まえてきて、白人に渡すということをしていたらしい。黒人は、この城に、船で出向するまで狭い部屋で過ごした。男女別に分かれた空間。提督の三回バルコニーから、女性奴隷の部屋のある中庭が見下ろせ、提督は気に入った女性奴隷を隠し階段で自分の部屋にあげていたらしい。意外だったのは、同じ城で、奴隷も提督も暮らしていたということだが、奴隷が500人くらい暮らす空間の広さと提督一人の空間の広さが同じという環境だ。奴隷は、城の海に面する小さな扉から船に載せられた。船の環境の方がもっと厳しく、そして、連れていかれた先の奴隷市場ももっと悲しい場所であっただろうが、このしろもあまり長居したくない悲しい城である。

城の屋上からは、Eliminaの街が良く見える。スリランカのゴールを思わせる、南国のヨーロッパ調の街。今では漁業の港になっていて、観光地だけあって、賑わっている。

***

アクラから、ケープコースト、エリミナ、をとおって、セコンディ・タコラディまでの陸路。200キロくらいながら、広大なアフリカを感じる。帰路は、郡の施設の一部を利用した、小さな小さな空港からそんなに小さくない飛行機でアクラに戻る。

***

アクラも大都市である。人々は一軒家に住むので、都市域が広大だ。都心はここも都市的だ。
  1. 2016/04/13(水) 05:48:08|
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