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j-ume blog

建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

My architect – Louis I. Kahn

カーンの最期は悲劇的である。
ペンシルバニア駅のトイレで倒れ、二日後に身元判明。
映画監督となったカーンと愛人との間にうまれた息子の旅はそのミステリアスな死から始まっているような気がする。
ずっと見たい映画がやっと見られた。
父への不信感を募らせたであろう監督は偉大な父をゆっくりと発見していく。

ソーク生物学研究所が非常に美しい。携帯とヴォリュームとマテリアルとが、もう、一体となっている。
キンベル美術館の光は噂に違わぬ美しさだ。
ノーマン・フィッシャー邸も時代を感じさせずに凛と森に佇む。
バングラデシュ国会議事堂では国民の尊敬と共に建築も昇華して見える。内戦でもその携帯が遺跡のようで壊されずに残ったらしい。
実作は多くはないが書ききれない素晴らしい建築。
映画のいくつものシーンで鳥肌。

エルサレムのユダヤ教会。学生時代、図面を見ていて空間が全く理解できなかった。実現される事のなかった、教会。

カーンは映画の中、両手を真っ黒にしてスケッチしていた。

カーンは言う。
都市とは、街を歩いている子供たちが将来を夢見る事のできる場所でなくてはいけない。そんな都市計画に携わりたい。

実はあまり日本では顧みられることのない、フィラデルフィア都市計画。70年代、車全盛期にあって、歩行者のまちを夢見た。市当局との衝突か、実現されてはいない。都市計画に携わるものは触れておかなくてはいけない、彼のスケッチ。
あるいはあまりに建築的思考に偏った都市計画は受け入れられる事ができなかったのかも知れないし、今までにない事への不安が未完成に終わらせたのかも知れない。

哲学的にカーンは言った。
過去存在していたものは、今、存在している。
現在存在しているものは、今、存在している。
未来に存在するであろうものは、今、存在している。
さいごの一行がミステリアスで凡人を超越している。そんな建築を作った人だ。

カーンに会いに行きたい。

映画に感化されつつ。
  1. 2008/03/02(日) 03:52:45|
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