j-ume blog

建築 + アーバニズムの冒険 - the quest for urbanism + architecture

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山、山谷山 – シンドパルチョーク被災地

1300mのカトマンズを出発、1700mの峠を越える。ずいぶん良い景気らしいが視界は良くない。峠を越えて下り。850mのシンドパルチョーク郡メラムチの街に到着。川が合流する谷間の街。ずっと舗装のない道だ。

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被害マップを基に被害の激しい地区を見る。石積みがことごとく壊れている。頼りないつり橋を渡り、粟か稗か黍畑のまわりのとたんの仮設住居の集落へ。後で航空写真で確認したところ、このすぐ近くの集落が壊滅している。仮設住居の集落は畑であった一部のようだ。農民は協力し合って、共同避難所をまず作り、その後、とたんで各家屋を作ったようだ。ちょうど、穀物を収穫し、脱穀の作業をしているようだった。この冬はここでこすのであろう。来年、新しい住居をゆっくりと作り始めるのだろうか。

メラムチでのランチは、ネパールカレーのセットに、川で朝釣れたばかりの川魚のから揚げをつけてもらった。ニジマスの小さいような魚、非常に美味。

メラムチから、ローカルの道路を進む。再び1600m程度の峠を越え、900mの谷におり、1500mの郡都、チョウタラへ向かう。途中、標高の高いところではとうもろこし、低いところでは稲の豪快な千枚田が続く。是非、田植えの頃、水が張られる時期に来てみたいと思う。青々と稲が育つ季節は雨が多く、未舗装の道路は危険なので、そんな美しい風景を見る機会はないのだと思いつつ。

途中、農村集落をいくつも抜ける。本当に小さい集落だが、人々の暮らしは豊かに見える。石造の住宅はほぼすべてが壊れており、やはりトタンで仮設住居を作っている。まったく観光客も来ない集落の人々は本当にとても生き生きしている。そんな小さな集落、山肌に張り付きながら、等高線を見るような畑と点在する木々の風景は、人々が生み出すものだと実感する。スリランカで見た、山全体が茶畑の不自然な風景ではない。昔から人々の営みが作り出した壮大な風景だ。土砂災害を恐れて集落は、慎重に選ばれていると思われる。尾根に合ったり、厳しい斜面に貼りついたり、水を汲む苦労を考えるととても大変なんだと想像がつく。空気が澄んでいればヒマラヤも望めるのかもしれない。しかし、乾いた冬、風もそこまで強くないネパールの空気の透明度はあまりよくない。

そんあ美しい風景を超えてチョウタラ。なぜここにこんな町があるのかは不明だが、尾根にそれなりに大きな町がある。この町は、カトマンズからのアクセスの良さ(といっても直線40キロで3時間弱)と、被災の大きかった郡都であったことから、国際的なドナーの拠点となっている。街を歩くと、UNICEF、UN、JICAなどなど、多くの活動拠点となっていることが分かる。仮設病院は良いとしても、特に欧米系のドナーのテントの豪華さが際立つ。空調もついた立派なテントがいくつも立ち並び、ランドクルーザー的な車が止まっている。テントの近くの子供たちも、英語的発音で、Hi、と挨拶してくれる。住民の貧相なテントを見ながら、道中見てきた壊れた家家を見ながら、何とも複雑な気分が拭えない。

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街の中、入った甘味処で、アンコをあげたクレープの皮みたいなので包んだのを食べ、インスタントコーヒーを出してもらう。これもまた美味であった。店員の可愛い女子と、ネパール語しか話せないのにいろいろ話しかけてくれたオッチャンの対応を見ていると、この甘味処には外国人は来ないと見える。建物も壊れかけており、手を洗う事も出来ず、ちょっと明日のお腹が心配ではあるが、大量のアンコも非常に美味であり、居心地も良く、多めのチップを置く。

帰り道は、この郡都に至る幹線道路。ようやく舗装の道だ。ところどころ、穴の開いたアスファルトを埋めたあとが真新しく、やはり複雑な気持ちが拭えないのであった。

非常に有意義かつ週末的時間も過ごせて、良い視察となった。
  1. 2015/12/20(日) 01:21:47|
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山、山山山 - ポカラ

金曜日の午後から車で6時間、ポカラに行ってきた。ポカラはネパール第二の都市、そこそこ大きいけれど20万くらいらしい。標高は800mほどと、カトマンズの1300mより低いが、街からは8000m級の山々を仰ぎ見る。トレッキングのベースとして、ヒマラヤの雄大な景色を眺め、世界的に有数のパラグライダーの聖地などなど、カトマンズよりずっと洗練されているリゾート感漂うオシャレタウンでもあります。

初日は市内観光。最初に訪れたのはその名もコウモリ洞窟。ここがまたすごいところでして、LEDのカンテラを渡されて洞窟内に潜り込んでしばらく行くと、ドーム状の空間。数えきれない大量のコウモリがぶら下がっています。しかし、コウモリ洞窟のクライマックスはコウモリではありませんでした。洞窟内は一方通行なんですが、出口のアドベンチャー感が半端ない。縦穴をよじ登り、最後は人一人がぎりぎり通れる穴を必死の思いで這いずって出口に到達します・・・冷静に考えると危険すぎる。皆様行かれる際は汚れてもいい服装で、かつ、膨らんだお腹は凹ませてから行ってください。

近くにあるもう一つの洞窟、水道橋、その下の激しく細い渓谷を見て、湖沿いでランチ、湖でボートに乗って、午後は滝へ。

この滝も半端ない。川が突然、地面に空いた穴に落ち込んでいて、滝壺は見えません。そして、この滝の近くにある洞窟に入ると、一番奥、スリット状に空いた細い隙間から、多岐の一番下らしきものが見えます。そう、ポカラは平坦に見えるまちながら激しい地形に圧倒される都市なのでした。

二日目、サランコットという丘へ。ここからはヒマラヤが一望できます。一番高く見える山はマチャプチャレ、手前の方にあるので、標高は7000m弱。なお、マチャプチャレは魚の尾の意味。違う角度から見ると、二対の山頂が見えます。なお、この山は聖なる山として山頂にまで至った人は誰もいません。奥のほうには、アンナプルナ連峰が見えます。アンナプルナ連峰の最も高い地点は特に山の名称はなく、アンナプルナIと呼ばれ、世界10位の標高8091m。なお、この山の登頂は困難を極めるらしく、登頂に挑むものの4割弱が死んでゆくとのこと。

その後は、パラグライダー体験の予定だったのだが、待つこと数時間、11時頃にパイロットのストライキで中止との残念な知らせ。すごく楽しみにしていたパラグライダー初体験はお預けとなりました。

おひるを食べ、帰路。途中、湖を眺めるビューポイントを訪ねて、6時間の長旅、再び。

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  1. 2015/12/15(火) 02:48:09|
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燃料問題とかまど – 脆弱性

またまたカトマンズに来ている。6月に初めて来て以来、なんと、五回目になる。カトマンズでは、4月に起きたゴルカ地震の復興プロジェクトに関わっている。ゴルカ地震では、カトマンズのいては、歴史的な地区が大きな打撃を受けて、いくつもの貴重な建造物が倒壊したが、多くの家屋はそこまでの被害を受けなかったこともあり、人々の生活がもとに戻るのは早かったように思う。それでも、カトマンズ市内にはまだテント村は残るし、地方部ではまだまだ復興が必要なところも多い。

ネパールで、数か月前から問題になっていることは、地震後の被害の話よりも、燃料不足である。

ネパールは、中国とインドにはさまれた内陸国である。中国への陸路は一つ。ヒマラヤを超えるので他にはなく、その一本も険しい。インドへの陸路はいくつかあるらしいが、物流が行われているのは、四つとのことだ。これらの道も険しい山道になるが、中国に抜ける事を比べれば困難な道路ではない。なにより、インドを経由したほうが港が近い。

燃料不足は、ガソリンの輸送が滞っていることによる。

ネパールは王国であったがそれが、数年前に途絶えた。良くいえば民主化だ。議会主義だ。数か月前になり、ようやく新憲法が制定された。

ネパールの主張では、新憲法をインドが気に入らずに物流を止めている。
インドの主張では、そんなことはなく、ネパールの反政府グループが、新憲法を気に入らずに、国境をふさいでいる。

どっちが正しいかはよくわからないが、燃料の輸送が滞っていることは明らかな事態だ。おかげで、街中の交通量は控えめで、バスも本数が減り、屋根まで乗客が乗っている。レストランに行ってもガスがないのでメニューが半減している。

それでも逞しい。レストランでは、ガスのかわりに薪を使って料理しているのだ。先日行ったレストランでは、裏庭に臨時のかまどを5つくらい作って料理している。インド料理のナンはタンドーリ釜で住みを使って焼くので、何ら問題ない。換気が追い付かずに煙たいレストランもある。もともと電力不足なので、一日のうち三時間は計画停電になる。

脆弱性とはなんだろう。日本では高度にエネルギーが供給される。電気が無くなると都市生活は一気に滞る。ガソリンやガスが無くなるなんて考えた事すらない。エネルギーが自足できない日本は、多くの国に支えられ、信頼関係を勝ち取っているから、そんな状況はなかなか起こらない。

ネパールの地震後、薪で料理し、電気が無くても生きていけたネパール人たち。建物が脆弱だ、都市が脆弱だ、と計画する立場でここにいるのだが、レストランの裏でかまどで僕たちのお昼ご飯を作っている人たちを見ると、この国は全然脆弱ではなく、日本の方がよっぽど脆弱なんだと思わされる。

・・・ただし、阪神や東北の震災のあとは、それでも人々が逞しく、支えあって生きていたことは忘れてはいけない。日本人だって脆弱ではない・・・。
  1. 2015/12/04(金) 01:30:24|
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谷山川 - ネパールのやや中途半端な田舎

ティハールの連休、今日は、カトマンズから西に100キロ、車で3時間の所らへんにある、川沿いのリゾートへ行ってきた。リゾートといっても大したことない所である。

カトマンズ盆地を出ると、一山超える峠に差し掛かる。好天ならばヒマラヤが見渡せそうな高い斜面を登り、下る。しばらく行くと川沿いを走り、川幅が大きくなり、目的地に着く。このあたり、ラフティングやカヌーができるらしく、川は時折ゴムボートなんかがくだっていく、そんな所にリゾートはあった。昼から飲んで、河原まで出て、ぼけーっとして、リゾートで乗れるらしい馬を見て、馬がハエだらけで、リゾートの客室コテージを見せてもらって、1万円の所を8千円で良いと言われ、日帰りの予定で来て値段を確認しただけなのに、帰ろうとしたら5千円で泊めてあげると言われて、帰路に着いた。

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ただ、のんびりしてきただけなのだが、きれいな空気をすって、雄大な風景を見て、道中の段々の田んぼの集落を見て、あやういつり橋をみて、大変癒された一日となりました。

許されるなら、ネパールの田舎のランドスケープと集落と人々の生活をもっと見たいです。
そう、山国ネパールには車で行くことのできない村々がものすごいたくさんあるんです。

仕事がたまっているので、明日もお休みですが、明日はしごとでしょう。
  1. 2015/11/13(金) 02:07:49|
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神の国 、ネパール・ティハール - 生活と計画

ネパールでは、先月のダサインとかいうお祭りに続き、今日、明日は連休で、ティハールとかいうお祭りです。
我々が滞在するホテルでも飾り付け、電飾が施されました。
朝から従業員のおばちゃんが何やら泥の道を作っていたと思ったら、気が付いたら、神様さ歩いてきたみたいです。
右足しかないので、ケンケンしてきたんでしょうか。

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アミニズムなのか、ヒンドゥーなのか、もう訳が分かりませんが、ネパールはこういった土着的な信仰、儀式、祭りがまだまだたくさん残っているようです。本来ならば都市計画をするのにも、こういった儀式めいたことも感じて、その土地に会った計画を落とし込むことが必要なはずなのです。でもやはり計画は画一的になっていってしまいがちです・・・。それと共に生活の近代化・西洋化もこういったオリジナリティを奪っていきます。日本でもなくなりつつある文化はたくさんあります。そういう生活と計画の関係性も考えながら、神様の道は踏まないように遠慮して街を歩きます。

余談ですが、ヨーロッパに暮らして、日本はそれでもまだまだたくさんの迷信や信仰や風習が残っている不思議な国なんだと思ったものです。そして、クリスマスやバレンタインや、最近のハロウィンも取り込む柔軟性も持った国です。そういったものの本来の期限と変容について考えてみるのも、また、どこかで街をつくることに関係してくるような気がします。
  1. 2015/11/12(木) 03:21:45|
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